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Grief & Loss

自死:愛する人を自死で失った悲しみと向き合う

愛する人が自死によって命を落としてしまうということは、堪えがたい哀しみです。しかし、その驚きや困惑、絶望感を克服し心をいやしてくれる段階へと進む方法はあります。

Many thin, lit amber candles glow in a dark room, symbolizing a vigil or memorial service for a loved one.

自死によって失った命と向き合う 

愛する人を亡くしてしまうというのはどんな時でもつらい経験です。ましてやその死因が自死によるとなると、心の哀しみは違う次元のものになります。自死の事実を知った後に襲うその衝撃と、苦悩に、あなたは完全に打ちのめしてしまうかもしれません。その愛する人の死に対して哀しみに暮れるだけでなく、彼らの自死の原因について悩み、考え、矛盾した感情に格闘、もがくことになるでしょう。 

罪の意識を感じ、この自死が回避できたらと望み、自分自身あるいはだれかに、もしかして何か発していた信号を見逃していたのではないか、あなたを残して自死してしまったと、愛する人に腹を立てるかもしれません。多くの人にとって、自死に対しての哀しみはまずその亡くなってしまった相手に対しての関係に関して疑問をもち、どうして彼らが自死しなければならなかったか、死を選ばなければならなかったかということに疑問を抱きます。その中には、自分自身が自死を考えてしまう人もいるかもしれません。このような「なぜ?」の疑問が重なり合って、自死をとげてしまった、愛する人の最後の行動について何度も頭の中で思いめぐらせ、次第に何か回避できることがあったのではと考えてしまいます。 

このような壊滅的な状況下で、あなたは警察からの質問に答えなければいけなかったり、報道人がせめたててきたり、さらに自死という不名誉なイメージがついてまわってしまうかもしれません。自死はあなたの背景にある文化や宗教的観点から家族や知り合いが不快に感じるといってくることもあるかもしれません。また、人によっては、自死という行為を「自らの命をたった」という理由で、悔やみ哀しむ気持ちを抱いてくれないかもしれません。自身を癒す心のよりどころが、このように否定されてしまうと孤独感が増し、たった一人で哀しみを受け止めることになるかもしれません。 

愛する人の自死への疑問に対する答えは常に得られないことがほとんどです。愛する人をそのような悲劇的な末路で失ってしまったという思いは決してぬぐい去られることはなく、常に悼みをともなうでしょう。直後の痛みが最も激しく続いて、失ってしまったことを実感し、嘆き悲しみを解決して、受け入れることさえできるようになり、あなたの人生、前を向いて続けていくことができるようになるでしょう。 

自死による喪失と煩雑な哀しみ 

愛する人を自死によって失ってしまうということは、突然の出来事で、心の奥に深く傷つき煩雑な哀しみの状況に陥る可能性があることが知られています。―あなたの深い哀しみや悼みが解決しないまま、時間がたっても癒されることなく、自身の日常生活や人間関係に支障をきたすことになるという可能性です。 

何もやる気が起きず、麻痺した感情、切り離されてしまったような、空虚な心持で、あなたが愛していた人を受け入れることができず、家族の中にまだいるのではないかとさがしてしまうこともあるでしょう。あなた自身ももう生きていく価値がないとまで思ってしまうかもしれません。 

このような複雑な哀しみの感情は、典型的な鬱症状心理的トラウマ、あるいはトラウマによる後々の心的外傷後ストレス障害をひきおこすことになるかもしれません。そして、常に上記のような思考から離れられず、つねに感情的にいらだち、不安な気持ちをかかえてしまうことで、毎日のルーティーンな活動にも影響を及ぼします。もしあなたが鬱症状になったり、トラウマを感じたりするときは、必ず助けを求めることが大切です。少しずつでも癒しの気持ちがでてくればもっと心の平和を得、事実を受け入れる気持ちになれます。 

あなたがもし自分の自死を考え始めたら… 

当初の哀しみが、一瞬でも耐えられないと思っても、時間とともに、少しずつ感情は落ち着いてきます。特に、だれかの助けがあればもっと落ち着きを取り戻します。あなたが辛い思いをしている時に、あなたを助けてあげたいという人はたくさんいます。是非助けを求めてください。 

自死についての支援IASP(International Association for Suicide Prevention 国際自死予防協会)やSuicide.orgのウエブサイトをみて、あなたの居住地区のヘルプラインを探してください。 

自分なりの方法で自死によって失った命と向き合う 

自死によってなくなってしまうケースは、死因の10番目に位置し、世界中で一年に80万人もの人が命を落としています。すべてのケースで、自死によって命を落とした人によって、残された家族や友人がいて、彼らは近しい人が悲劇的な最期を遂げることで失ってしまうという経験をするのです。同じような状況で同じような喪失に苦しむわけですが、それぞれの苦しみや悲しみはとても個人的なことなのです。皆の状況は多少なりとも異なっていて、その哀しみに何が正しく、何が誤りかと決めることはできません。なので、あなたもほかの人たちがどのように哀しみに向き合って、あなたはこんな風に感じたり、考えたりしなければいけないというような判断をしなくていいのです。 

哀しみの感情は時として、波の満ち引きが押し寄せるようにやってきます。その感情はこんな順序でやってくるというような予測ができません。しかも、哀しみの感情の過程というのは、長い時間がかかる、時としてさらに困難な予測不可能な感情を伴います。さらには、自死による哀しみは、その他の死にともなう悲しみよりさらに深い哀しみを味わうことがあります。 

愛する人を自死により失うということは、自身の人生をも永遠に変えてしまうかもしれないと同時に、あなたの中の後悔の念がつまった感情があふれだし、悲哀の念、心の深い傷を回避することは無理かもしれません。-けれどもすこしでもこの悼みに健康的に寄り添う方法があります。 

自身が、この哀しみを感じ、哀しみの感情を表現するようにしてみましょう。もしかすると、こんな気持ちを自分に閉じ込めておいておくことで、この瞬間の辛い悲しい気持ちを出さないようにしようとするかもしれません。しかし、あなたがこの感情を無視して、閉じ込めようとしても、常にその感情は存在しています。閉じ込めようとすればするほど、哀しみは深く、悼みは強く残ってしまいます。たとえ、その感情が暗闇の中で、今まで感じるよりももっと気持ちを滅入らせるような感情であっても、自然とその悼みが消えるように、心がなごんでいくようになることを感じることができます。 

日記をつけましょう。この難しい考えや感情についてまだ話す準備ができていないとしても、そんな思考や経験を日記に書き留めることで、あなたの感情を解き離す重要な役割を果たします。あなたの愛していた人に手紙をかいて、亡くなる前に言えなかったことを伝えるようにすることもよいことです。 

あなたの愛する人は、自死を遂げる前の人生には自死を遂げるよりもっと意味があったということを覚えておいてください。彼らの最後の行動が、彼らの生きざまと考える必要はありません。そして彼らが生きていた時の大切で、楽しかった思い出や一緒にすごした楽しい時間を思い出して、お祝いしましょう。彼らが成し遂げたこと、思い出、ストーリーを書いて、彼らの事を愛していた他の人たちと分かち合いましょう。 

その日によって良かったり悪かったりすることを予測しましょう。癒しの段階はまっすぐな道をたどることはほとんどありません。時折、例えば亡くなった人の誕生日、休暇、好きだった曲がラジオからながれたりすると、それこそ思い出に対する哀しみや悼みが襲ってきます。―それは自死によって愛する人を亡くして何年もたってからも起きることがあります。 

自身のケアーも大切です。深い悼みの中で、自身の健康のことを考えるのは困難かもしれません。けれども、あなたが経験したストレスとトラウマは心と体をひどく蝕んでしまう可能性があります。健康的な食事定期的な運動十分な睡眠を心がけて、できるだけ外気にふれ、自然に触れることが大切です。この辛い気持ちを麻痺させようとアルコールや薬物に頼ろうとすれば、勝手な自己薬物治療は悼みをやわらげえるどころか、さらに困った問題を長期にわたって招くことになります。 

冷静になりましょう。癒しのプロセスを慌てる必要はありません。長い事立ち止まっているより早く先に進むように言う人もいるかもしれません。でも、深い哀しみの淵にいる限りはできる限り自分の人生に対する決断を早めることは避ける方がいいでしょう。 

サポートを求めましょう 

この厳しい状況下で、すべての事を自分一人で抱え乗り越えようとしないでください。自死という方法でだれかを喪失してしまったという事実は、ほかの人の負担になるのではないか、自死で亡くなったことで批判されるのではないかと心配して周囲から離れてしまうことがよく起こります。自分ができる限りでいいので、周囲の人に寄りかかって、つらい気持ちを話し、状況を説明することは、第一段階として、心をいやすためにはとても大切なステップ段階です。ただ、その段階に到達するまでに、理解してくれる友人やあなたをケアーしてくれる家族のそばにいることで安心感を得られることがあります。 

われわれの社会では、自死も精神障害もひとつの不名誉なこととして烙印を押されているということは事実です。一定の宗教においては、自死はおろかな事として、悔やむ気持ちを軽んじる、その話題を回避する、また勝手な動機をつくりあげ、精神的苦痛を与えるようなコメントをすることがあります。そんな友人や宗教団体のリーダーに支援を頼ることはできません。そんな人たちでなくても、周囲にはまだあなたのことを真摯に助けようとしてくれる人はたくさんいます。 

支えてくれる友人や家族を見つけましょう。信用できる周囲の人々、あなたを理解してくれる人、話を聞いてくれる人、あなたの言うことを勝手に判断して、「こうあるべき」と決めつけない人達に気持ちを打ち明けましょう。 

死別支援グループに参加しましょう。自死で誰かを失った人のグループがいいでしょう。同じような喪失の体験をした人達は、貴重なサポートをしてくれるでしょう。自身の気持ちを、こんなに判断されるとか、不自然と感じることなくオープンに話すことができます。たとえ、話さず聞くだけでも、同じような体験や状況を持っている人たちの話は、あなたに希望を与え、あなたの喪失感が孤立したものではないと感じることができます。 

精神科のセラピスト、死別による深い哀しみ専門のカウンセラーと話しをしてみましょう。もしも、十分なサポートが得られず、つらい思いをしているのであれば、精神健康のための専門家、特に死別による深い哀しみに対してのケアーができる専門家に助けを求めてください。セラピーにどのようにかかっていいかわからない場合は、残された遺族の為の支援プログラムを提供している団体に連絡してみてください。そこには、自死による喪失を経験したボランティアの人が一対一で向き合って話してくれるでしょう。この下記に記してある“もっとサポートを得る”というセクションを参考にしてください。 

十分に注意してソーシャルメディアを活用してみましょう。ソーシャルメディアなどのオンライン活動も使い方によって、便利な道具になります。あなたの大切な人の死別を知らせる、知らされた友人などからは、お悔やみの言葉や志、サポートをしてくれる人を紹介してもらえることもあります。しかしながら、害毒になってしまう要因もあることを忘れないでください。心無いひどいメッセージを残す、あなたを害するようなメッセージを送る人もいるかもしれません。できればあなたのソーシャルメディアの使用を近しい友達の範囲に控え、特定多数にむけての公的なポストをするのでなく、コンタクトが限定できるようなフェースブックやワッツアップなどを利用することをおすすめします。 

あなたの喪失に関して、ほかの人に話す。 

多くの人が、自分の喪失に関して話すことは相手の反応を考えて難しいと感じます。特に自死によって愛する人を失ってしまった場合、あなたがどの程度その原因などについて伝えなければならないかということは、あなた自身の個人的な選択になります。 

きっと、まだその時は熟していなくて、親しい友達に正直に何が起こったのかということを、事細かく説明するのではなく、簡単に自死で命を失ったとだけ伝えたいと思うかもしれません。そんな時は、もちろんあれやこれや詮索的な質問に答えなければならないのではないかと感じる必要はありません。 

子供たちに自死について説明する。 

年齢相応の説明の方法を考えながらできるだけ正直に伝えようと子供やティーンエージャー達に自死について説明することは決して容易なことではありません。傷つけまいと真実を隠すことでより傷つけ、恐れや不安を長期間にわたって招いてしまうことがあります。

  • 年代に合わせて、できるだけ正直につたえるように心がけましょう。とくに若年層の子供には例えば、亡くなった理由は、病気を抱えていて、それが原因でとても悲しくてもう生きていたくなかったと説明したりするのはどうでしょう。 
  • 子供やティーンエージャーがその亡くなった人の死に何も原因に関係がないことを明確にしましょう。 
  • とても悲しいとか、鬱障害を経験する人が自死に至るわけではないというポイントを明らかにしましょう。もし彼らが、そんな気持ちになった時は、必ずあなたに伝えたり、ヘルプラインに電話をしたり、友達でも家族でもいいので、助けを求めるように伝えましょう。 
  • 喪失感に対しての手助けをできるカウンセラーにかかることや、子供のための喪失感のサポートグループに参加するなどあなたの子供が彼らの喪失の気持ちに向きあえるように手伝いましょう 

どうして?という自問からもう一歩を超えましょう 

自死によって誰かを失うと、その人が不治の病で、もう治らないことを知って死を選んだという場合でない限り、「どうしてこんなことをしたの?」という疑問が何度も頭の中をよぎります。そしてほとんどの場合、あなたの頭に浮かぶのは、不十分な答えと感じます。自死というのはとても複雑です。そして、その事実よりも様々な要因が関与しています。自死を試みて、死に至らなかった人でさえ、「どうして自死を選んだ?」という疑問に明確に答えられないのです。 

自死によって命を絶ってしまうケースのほとんどが、精神的、感情的な問題をかかえていることがほとんどです。例えば、鬱病、双極性障害(バイポーラ―)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの障害を抱えて、自死に至る前に半数以上の人が前記のような診断を受けています。人間関係の問題や、薬物使用障害、身体的健康の問題、いじめ、法律的困難、経済的困難なども主な原因になっています。 

たとえ、命をたった愛する人が、遺書を残していたとしても、あなたが求めているような「なぜ?」に対する答えはえられないかもしれません。自死を求める人にとって、彼らに何が起こっているかについて歪んだ考え方をもっています。彼らの感じる痛みがあまりに強く、その痛みから逃れるには、自死の道しかないと考えるのです。あなたが、彼らが命を絶った後どのような酷い影響を与えるかなどは考えていません。ただ、彼らが体験している堪えられない痛みからのがれようとしているだけなのです。 

愛する人を自死という形でうしなったことを理解しようとしている時間も、あなたは喪失に対する悼みを乗り越えようとする通常のプロセスなのです。そして、あなたが悩んでいる「なぜ?」という疑問については答えを得ることは難しいでしょう。万が一、その疑問についてすべての答えを得られたとしても、過去を変えることも、喪失に対する哀しみ悼みを変えることも難しいでしょう。ただ、時間がくれば、その「なぜ?どうして?」という疑問を超えて、その疑問が無解決であることを受け入れて、心が癒される時がやってきます。 

その罪の意識、怒り、自責の念から離れましょう 

愛する人を失った哀しみに耐えるということは、ひどく乗降するジェットコースターに乗っているような、時にはとてもネガティブな感情に見舞われます。それがたとえ、友達でも、両親でも伴侶あるいは兄弟姉妹でも、身近な関係者でもあなたには罪悪感、怒り、自分を責めるというような気持ちになります。あなたの怒りはもしかして、他人に向けられるかもしれません。それは、亡くなった人はもっと見守られているべきだったとか、きっとだれかにひどい目にあわされたに違いないとか、あるいは、わざと残された自分を苦しめ辛い思いをさせるために自死を選んだというような感情です。あるいは、あなたの怒りは、もっと自身の内面に向けられて、あなたが自死によって命を失うことになった理由だと自分自身を責めることになるかもしれません。例えば、もっと何かできることがあったのではないか、兆候を見つけられたのではないか、助けることができたのではないかなど悩むことで、状況はさらに悪化します。

自死を遂げた子供の親として、子育てに失敗して、こんなことになってしまったとか、守ってあげられなかったというような感情が中心になる罪の意識を感じるかもしれません。伴侶、兄弟姉妹、近い友人の死は、あなたになにか伝えていたのではないか、あるいはあなたが傷つけるようなことを言ったり、したりしたのではないか、一番あなたを必要としていた時にそばにいてあげなかったのではないかなどの罪の意識を感じることもあるかもしれません。 

もし自死をとげた、愛する人が、長期にわたって精神障害を病んで、悩んでいたとしたら、あなたはその苦しい戦いをもう悩むこともないと考えることさえ罪の意識を感じてしまうかもしれません。数か月、数年とあなたの喪失の哀しみが癒されるようになります。すると、あなた自身の人生に向き合って、人生を前に進めようとする新たな罪悪感がわいてくることがあるかもしれません。けれども、心が癒されるということは忘れていくという意味ではありません。真実と向き合う感情が、もっと現実的な怒りや罪悪感にかわります。 

コントロールが効かない物事があるということを受け入れましょう 自分自身の人生において多くの事をあなたが制御できることと、中にはできないことがあります。例えば、他人の行動、しかも愛する人の行動もあなたが制御できるわけではありません。自分自身を責めて、自死を遂げた、愛する人の死に対して正当化することができますか?その自死を止めることが本当にできたでしょうか?真実は、私達の力はとうていそのようなことをコントロールすることは、たとえ信じたいと思っても、かなわないということです。 

自分の責任と自責の念とわけて考える 激しい悼みを伴う自死による死を受け止めるために、自身を責めるより、誰かほかの人、あなた以外のだれか、死を遂げた、愛する人なのか、まったく他の人なのか神に対してなのかでもその責任をとがめて、押し付けるようとするかもしれません。実際、自死を遂げて命を失った、愛する人のみの責任だというのに、そのことをだれもいいたくないし、あなたもその非難を浴びたくはありません。非難というのは、実際に命を落とした、愛する人の健康や精神の障害に対する悼み/深い哀しみ/喪失/鬱症状/中毒/そのほかの精神障害が原因なのであって、そのために自らの死を選び、生命を絶ったということなのです。 

だれでも、自死を遂げた人のサインを見損なうことがあります。 精神健康の専門家でも、誰かの自死のサインを見損なうことがあります。自死を考えている人が、いつも孤独で寂しく、望みを失っているというわけではないのです。事実として、多くの自死を考える人達は、最終段階でもう間もなく命を落とす直前に、突然落ち着いて静寂になります。わたしたちにとって、他人の頭の中で何を考えているかを予測することも不可能で、その将来や未来を予測することなど到底無理なことで、どんな行動に移るかなど読めないこともあるのです。 

将来を考えましょう 

大切な人を自死という結果で失ってしまったら、人生といのはもう決してもとにもどることはありません。しかし、再び幸福感や生きる意義や意味を感じることができるようになります。喪失の悼みと向き合って、自死を遂げた、愛する人の生きていた思い出、一緒に生きていた楽しかったこと、良い時間を過ごしたことを思い出してみましょう。あなた自身がすこしでも喜びやこれから先のことを考えるのは悪い事ではないのです。 

あなたの心が癒されていく中で、失くした、愛する人を置き去りにしてしまったと罪の意識を感じるのではなく、あなた自身の人生を自分で前にすすみながら、愛する人の人生を喜べる方法を見つけていきましょう。 

愛する人の思い出に残る追悼や記念として何か創りましょう オンライン上で、追悼ページを作ることもできます。例えば、ブログを書く、愛する人の生きていた人生に関するスクラップブックを作る、自死予防のための自死に気づくキャンペーンを始める、愛する人達の名前でチャリティーに寄付するなどもよいアイディアでしょう。ろうそくに明かりをともす、思い出の特別な場所にいって、特別な日にちを刻んでくることも、心を癒す助けになります。 

あなたの喪失感を他の人の助けに使いましょう あなたが、経験を生かして、喪失に対する哀しみを助けるボランティア、自死予防、精神障害を助ける団体、オーガニゼーションでボランティアすることも可能です。あるいは近隣のコミュニティーにだれか助けが必要な人に手を差し伸べることもいいでしょう。下記のウエブサイトは自死による喪失の悼みからうまれた前向きな一例を示しています。ヘルプガイドの共同設立者は、自身の娘さんの死後、このヘルプガイドを娘さんの思い出を残し、同じような問題を抱えている他の人を助けるために立ち上げました。 

あなたの人生に意味をもたせてれくれるような活動に励みましょう 好きな趣味や興味、スポーツであっても構いません。そのような活動に戻ることが大切なのです。そのような活動は仲間とつながれるチャンスもでき、あなたの喪失をすこしでも埋めてくれるかもしれません。新しいテクニックを身に着ける、エクササイズなどを通して肉体的活動を続ける、アダルトスクールやフィットネスクラスに参加するのもいいでしょう。あなたの辛い時間を過ごすストレスをすこしでも軽減してくれる可能性があります。 

自死による喪失で哀しんでいる人をサポートする方法 

自死による喪失を哀しむ誰かを慰めサポートしてあげたいという気持ちはちょっと変かと思うことは普通かもしれませんが、その気持ちが誰かを助けてあげようという気持ちの妨げにならないようにしましょう。自死によって大切な人を亡くしてしまった人は、非難されたり、孤立したりしてしまうことがよく起こります。他人や逝ってしまった人からその責任を問われたり、批判されたり、判断されたりすることを恐れているかもしれません。素早く、支援の手を差し伸べることがとても重要なのです。 

すべての疑問に答えなければならない、アドバイスしなければならない、何か正しいことを言わなければならないと感じないでください。それよりも、あなたの愛情、思いやりの気持ち、そこに存在することの大切さというのが必要なことなのです。また、そばにできるだけ長い間寄り添ってあげることも重要です。もちろん、各人によって、その哀しみが長引く度合いは違いますが、自死によって愛する人を失った場合、お葬式が終わった後もしばらくはその哀しみに明け暮れてしまうことを支援してあげる必要があります。 

時間が経ってくれば、自死による喪失に対する悼みもやわらいできますが、完全に悼みがなくなるということはないでしょう。誕生日や何かの記念日、ある特定の機会が特に死を哀しむ人々にとって、つらい思い出を思い出してしまうことがあることを忘れないでください。彼らに、あなたがそばにいること、そんな哀しみと悼みの新しい波が押し寄せるたびに、手伝えることを伝えましょう。 

自死による死を哀しむ人たちにした方がいいこと、しない方がいいこと 

したほうがいいこと 

自死について話す、考えることは違和感があって快適ではないことを受け入れてください。自身も何をはなしていいか、何をしていいかわからないことを認めてもかまいません。あなたのその違和感や不快感によって、だれかに助けをもとめるのを辞めたりしないようにしてください。 

自分の愛した人について、別れを哀しんで、思い出を語りたいというような人をその人達が本当に話したいというのであれば進んで聞いてあげましょう。とても大切なことは、常にそばに寄り添って、話しを聞いたり、肩に持たれて泣いたりできるように手を差し伸べることです。 

現状は、とても強く複雑な感情が入り混じっているかもしれないということを理解してください。自死による喪失を経験したのちに、その人の感情や、とる行動が正しいとか間違っているということはないのです。なので、その人が表現する彼らの哀しみや悼みの表現を判断するのでなく受け止めましょう。 

その人の役に立つようなことがあるか聞いてみましょう、例えば食料品の買い出し、食事の支度、知り合いに朴報について知らせる、お葬式のアレンジなどのヘルプです。 

もし、この自死について話をする際は、自死によって命をたった、自ら命を絶った、命の終焉を選んだというような表現を用いましょう。 

してはいけないこと 

自殺を図ったという表現は使わない方がいいでしょう。自殺とは、犯罪的な行動で、汚名をきせられているような、哀しみにくれる人にさらに孤立感を味合わせるような表現になってしまうからです。 

自死を選んだ人にたいして、レッテルをはる、自分勝手だ、弱い、気がくるっているなどというような判断をしないでください。自死というのは、究極の感情の苦悩であり、性格上の欠陥、障害ではありません。 

亡くなった人が自ら命を絶った理由を説明するよう求めたり、推測したりしないでください。あなたの役割は支えることであり、哀しんでいる人を問い詰めることではありません。耳を傾け、相手が話せるように気を付けてあげましょう。 

「亡くなった人は、今はきっと平和な気持ちだよ」とか「もっといいところにいるよ」などと、ありきたりな発言を避けましょう。哀しい死を経験した人に空虚な元気づけの発言は、心の平安を与えることはなく、かえって疎外感を感じさせ、より孤独になってしまうかもしれません。 

忍耐力を失わないように。自死によって大切な人を失った遺族は、何度も彼らの喪失について、じゃまされず判断されることなく話す必要があるかもしれません。何度も同じことを繰り返し言うことで、何が起こったかということを理解するのに役にたつことがあるのです。

最終更新日またはレビュー日2月 9, 2026